スペイン・バルセロナで開催される「ISE(Integrated Systems Europe)」は、AVおよびシステムインテグレーション分野における世界最大級の展示会のひとつです。2004年にスタートし、現在はFira Barcelona Gran Viaを会場に、例年2月に開催されています。2021年にバルセロナへ拠点を移して以降、その規模と影響力はさらに拡大し、世界中のメーカーや関係者が集う場となっています。本記事では、ISE2026の展示内容の中から一部を抜粋し、現地で見られたトレンドや注目ポイントについてお伝えしていきます。
“Push Beyond”が示すもの
ISE2026のテーマは「Push Beyond」です。これは、既存の枠を超え、AVと統合システムの可能性をさらに押し広げていくというメッセージを表しています。今回の展示では、AI、サイバーセキュリティ、ドローン、ロボティクスといった領域が重点テーマとして掲げられていました。さらに、デジタルサイネージや没入型体験、スマートスペース、サステナビリティといった分野も強く取り入れられています。扱う領域は多岐にわたりますが、展示会全体を通して共通した流れが見えてきます。それは、AVが単なる「映像・音響」というデバイスの枠を超え、空間や業務全体を支えるインフラへと拡張している点です。
“新しさ”ではなく、“前提化”される技術
具体的な技術トレンドとして、いくつかの方向性が見えてきました。中でも印象的だったのが、AIの活用です。コンテンツ配信や会議支援、業務の自動化といった領域において、AIはすでに実運用を前提とした技術として組み込まれています。また、サイバーセキュリティの重要性も一段と高まっており、AVシステムがネットワークと密接に連携する中で、接続環境やデータの保護は不可欠な要素となりつつあります。映像分野では、LEDウォールやインタラクティブディスプレイ、高輝度サイネージといった技術が進化を続けており、空間演出としてのインパクトがさらに高まっています。さらに、AV-over-IPや統合管理プラットフォーム、ハイブリッド会議向けソリューションといった分野では、システム全体を一体として運用するための基盤が整いつつあります。
Symetrix
Symetrixの新シリーズ「COGNIO」は、従来の音響システム設計の前提を見直す提案として展示されていました。従来は各部屋ごとにDSP(デジタル・シグナル・プロセッサ)を配置する構成が一般的でしたが、COGNIOでは、コントローラーや壁面パネルといった各デバイスにCPUを持たせることで処理を分散し、従来の集中型DSPに依存しない構成を実現しています。これにより、ハードウェアの削減や設計自由度の向上だけでなく、運用面での柔軟性向上も期待されます。従来のように機器単体の構成を積み上げるのではなく、空間全体をひとつのシステムとして捉える考え方への変化が感じられる展示でした。
Powersoft
Powersoftの「AnyMATE」と「SpeakerMATE」は、スピーカーの役割を拡張する技術として注目されていました。従来のスピーカーは音を出すための「受け手」でしたが、AnyMATEではスピーカーラインを通じて音声に加えデータのやり取りも可能となり、接続状況やステータスをアンプ側で把握できるようになります。小型モジュールのSpeakerMATEを既存ラインに追加するだけで導入でき、外部電源や新たな配線を必要としない点も特徴です。機器の自動認識や状態管理が容易になり、運用負荷の軽減にもつながります。スピーカーを「音を出す箱」から「情報を持つ存在」へと変えるこのアプローチは、大規模な音響システムにおいて特に有効であると感じられました。
Shure
Shureの新製品「IntelliMix Bar Pro」は、中・大規模会議室向けに設計されたオールインワン・ビデオバーです。音声と映像を1台に統合し、AI時代の会議運用を前提とした企業向けモデルとして発表されました。独自のアレイマイクロホンと高出力ステレオスピーカーにより明瞭な音声を実現し、内蔵されたIntelliMix処理によってノイズ抑制や音声分離を行うことで、会話の聞き取りやすさと文字起こし精度の向上に寄与します。映像面では、AIフレーミングや複数カメラによる制御に対応しており、発話者や参加者を自然に捉えることが可能です。さらに、既存モデルのアップグレードや新ラインナップの追加も計画されており、音声処理領域全体をAIベースで再構築していく方向性が示されていました。Shureの会場では、音声・映像・制御を一体化した会議ソリューションとしての提案がなされており、システム全体での完成度の高さが感じられる内容でした。Microsoft TeamsやCopilotとの連携も意識されており、企業利用を前提とした設計が印象的な展示でした。
Panasonic
Panasonicの展示では、映像機器の性能に加え、「いかに使いやすくするか」に焦点を当てた提案が目立ちました。特に注目したのは、「55インチLEDビデオウォール(TL-55LV12A)」です。1.26mmピッチの高精細モデルでありながら、VESA金具に対応し、既存環境からの更新を意識した設計となっています。また、コントローラーを内蔵し、HDMIのデイジーチェーンによるシンプルな構成が可能である点も特徴です。さらに、オールインワン型ディスプレイでは、電源や設置金具まで一体化し、導入の簡素化を実現しています。24時間稼働や省エネ制御にも対応しており、幅広い用途に対応が可能です。映像は「スペックを競うもの」から、「すぐに使える環境として提供されるもの」へ。その変化を象徴する展示でした。
まとめ
ISE2026のテーマ「Push Beyond=その先へ」は、単なる技術進化を示す言葉ではなく、AVの役割そのものが次の段階へ進もうとしていることが会場を訪問し感じられました。AIやサイバーセキュリティ、IoTとの融合が進むことで、AVはもはや映像・音響機器にとどまらず、空間や業務を支えるインフラへと再定義されつつあります。各展示を通じて、技術の新規性よりも「現場でどう使われ、どう運用されるか」を重視する姿勢を肌で感じることができました。システムの統合管理やUXの向上、ソフトウェア主導の設計など、導入後を見据えたアプローチが各所に見られました。また、AVはITや建築といった周辺領域と自然に、交わりながら、空間体験全体を設計する要素へと広がってきています。「Push Beyond」とは、技術を先鋭化させることではなく、それを無理なく“前提”として使える状態へ押し広げていくこと——ISE2026は、そのメッセージを体現した展示会でした。